イスラム内部の終わりなき殺し合い

—— イスラム・スンニー派と
イスラム・シーア派の世界的激突 ——
イスラムはスンニー派( 約九割) とシーア派( 約一割) の二大勢力に分かれているが、現在、両派の激突が同時多発的に起きている。遂にイラクは二つの国に分裂した。イスラム・スンニー派過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が「イスラム国(IS)」と改名し、イラク・スンニー派の国家をつくるために、「新しいイスラム国家の樹立」を宣言した。

かつて米軍はイラクから撤退するに当たって、治安維持のために多数派のシーア派に軍隊と警察を委ねた。武器を手に入れたシーア派の国軍と国家警察は、スンニー派の有力な指導者たちとその家族を虐殺し始めた。
何故か。悪名高き独裁者サダム・フセイインは少数派のスンニー派であったが、その政治力でイラク国軍を支配し多数派のシーア派を抑えこみ、次々にシーア派の指導者らとその家族を虐殺して、独裁政権を維持したのである。
しかし米軍が侵攻し、サダム・フセインは葬られた。
そして米軍も去ったので、今や国軍と国家警察を自分のものとしたシーア派の復讐劇が始まったのである。現在、スンニー派
の指導者らとその家族が次々にシーア派の国軍と警察に消されている。
そこでスンニー派は自爆テロで報復する、という終わりなき「イラク人同士の殺し合い」となっているのである。
そこで何もしなければ国軍と警察に殺されるスンニー派の若者達は、国際的過激派テロ組織アルカイーダに身を投じ、「イスラム・シリア・イスラム国(ISIS)」を組織し、世界のイスラム・スンニー派からの支援によって完全武装し、イラク北部に侵攻し、次々に町々、村々を占領し、北・中部では、スンニー派地域にあるイラク第二の都市モスルやテイクリートを占領し、イラク中部に位置する首都バグダッドに迫っている。
そして「新しいイスラム国家の樹立」を宣言したのである。しかしイラク国内にあるスンニー派部族が団結してつくった「革命的部族委員会」は、「今回のスンニー派によるイラク北部占領は、スンニー派部族と民衆が立ち上がった民衆革命であり、ISは軍事的にも反乱勢力の一部に過ぎない」と主張して、ISが自分達だけでイラク北部を占領したかの如くに表明し、独自に「イスラム国の樹立の宣言」をしたことに不快感を表している。しかし、いずれにせよスンニー派がイラク北部を占領したことによって、スンニー派イラク住民は北部にいる限り、イラク国軍と警察によって殺戮されることをから免れることになった。
こうして今やイラクは、シーア派とスンニー派の全面戦争の危機を迎えたのである。
シリアもまた、シーア派のアサド大統領と国軍に対する、国際的スンニー派テロ組織の全面対決の様相を呈して来た。彼らを救うのは主イエス様の福音のみである。イスラムの救いの為に祈ろう。

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