「体罰」は本当に悪いのか?

連日、マスコミでは体罰報道である。最近では、女子柔道オリンピックの強化選手が弘告の暴力をJOCに訴える事件まで組こった「体罰」と「いじめ」が違うのは、体罰は監督とか先生が行うもので、いじめは仲間がするものである。

普からスポーツの世界では「体罰」がつきものだった。小生の学生時代(いまから四◯年前)も、しごかれるのは、一番が相撲で次に柔道、野球という順番だった。当時は「しごき」という言葉を使ったが、農大ワンダーフォーゲル部のしごき殺人事件があってから、反省が起こって、しごきは影を潜めたのだが、昨年から相撲の新弟子殺人事件などで体罰問題として急浮上している。

たしかに先生が生徒の頭をぶん殴るというのは異常である。かつて、東京オリンピックのバレーボールで金メダルをとったニチボー貝塚の大松監督は、ハードトレーニングで有名で、練習の風景はまさにしごきのようだったが、選手を殴ったことはないそうである(当時の選手が最近のテレビインタビューで回答していた)。

これは、先生と生徒との人格上の問題になると思う。

教室で暴れている生徒を連れ出せないというのは、先生の人格の問題である。なにも殴らなくても、静かに威厳をもって、教室から退場してもらえばよい。学佼側もその体制を支援すべきである。悪い生徒いるもので、他の生徒の勉強を邪魔する者や、問題を起こした生徒にある程度の体罰がなされ、それに従わない者が排除されるのは当然だ。具体的なことがわからないという意見があるが、それは教育委員会なり、指導する部門が決めてあげるしかない。現場の先生もそれにそって動くことだ。

次に問題になるのは、部活などのクラブのことで、全国大会で成績が優秀な学校ほど問題を抱えることになる。学校側はなんとか、成績を維持して校名を高くしたいので、部活の顧問には特別なプレッシャーと同時に、尊敬がうえられている。

私の高校でも全国制覇をしたクラプの先生は、威厳があった。ところが、二、三回戦で負けたりすると、全員が頭を坊主にしてしまった。これを体罰と言 っていいかわからないが、これによって翌年、また優勝したようだった。

ここでも先生が、生徒の技術や精神面の向上を願ってやっていることは、生徒に伝わってくるのではないだろうか。

私は剣道部だったが、しごかれた思い出はあるが、それなにくそと跳ね返す思いで練習に打ち込んだので強くなったと思う。しごかれたことが、悪い思い出としては残っていない。しかし、背中には、「腰が入っていない」と言われて、竹刀で叩かれた痕がいまでも残っている。だが、先生への恨みはない。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする